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名曲紀行

※表示に少し時間がかかります

「あの町この町」歌碑を訪ねて。
野口雨情旧居、終焉の地。宇都宮市。

 
どうも!こんにちは!
かなりやとうばんの榊原有菜です!
第5回からだいぶ更新が遅れましたが…
 
第6回目となる今回は、童謡『あの町この町』ゆかりの地
栃木県宇都宮市 にやってまいりました!\(^o^)/


初めまして宇都宮!
千葉県から遥々電車で来ましたよ〜♫
 
因みに『あの町この町』は、かなりやとうばんの2ndアルバムのタイトル曲になっています!
こちらもどうぞチェックしてみてくださいね♫

 
さて、本題に戻りまして
早速『あの町この町』の歌碑のある場所へ行ってみましょうか( ˆoˆ )
と、その前に、歌碑の近くには、この曲の作詞をした野口雨情さんの旧居があるので、
せっかくなのでそちらへ寄ってみましょう!
 
今回は駅から少し離れているので、バスで向かいたいと思います。
改札を出たら正面上の案内板に従って西口へ進んでください。

 
西口を出ましたら、10番乗り場へ進んで下さい。


バス停
 
バスの系統は『43 新鹿沼 長坂 経由』または『砥上団地』になります。 
 

バス乗り場案内
 
あとはバスに乗って20分程の場所にある『羽黒下』というバス停で降りるだけです。
 
いざ!しゅっぱ〜つ!

 
 
……バスで揺られることおよそ20分……
ようやく発祥の地に来れました!歌碑と野口雨情の旧居がある場所『羽黒下』です!
 

羽黒下バス停
 
実は、歌碑や旧居の場所は、このバス亭からすぐなんです。
バスから降りたら左の方向へ真っ直ぐ進みましょう(^ ^)
 

歩道
 
バス停から1分ほど歩いた所に興味深い看板を見つけました。
 

羽黒神社看板
 
『羽黒神社』ですって。
なるほど、この先には神社があるんですね。
ここはね、元は羽黒山麓といって自然に囲まれた場所だったそうで、
作詞をされた野口雨情さんもその自然を大変愛されていたんだそうです。
残念ながら今はその面影はほとんど残っていませんが…。
神様のいる場所を無闇に移動することはできないでしょうから、
きっとその当時から八百万の神様が祀られているのでしょうね。
 
歌碑はここから1分ほどの場所です。
少し歩くと、目印の和菓子屋さんが見えて来ました。
 

 
その隣には古い民家がありますね。
もしかしてあれが野口雨情さんの旧居かな? 
 
敷地内へ入ると看板を見つけました!

『雨情旧居』
おお!やっぱり!
近づいてみましょう!
 

野口雨情旧居
 
わぁ〜。雨情さんはこの家で晩年を過ごされていたのね。
お近付きになれて何だか感動しちゃいました(T . T)
 
中へ入ることは出来ないのでガラス越しに覗いてみると、、
なんと!雨情さんの写真があります!
 


 
中にはこんな写真まで!

名曲紀行第二回でご紹介した『証城寺の狸囃子』の発祥地
證誠寺の敷地内にある狸塚で撮影された写真です!
 
実は…私はこの塚の写真は撮ってないんですよね(^_^;)
狸さんのお墓と言えどもお墓はお墓ですからね。撮っちゃいけない気がしたんです。
こんな事なら撮っておけばよかったなぁ。。
 
とまぁ、旧居内のご紹介はこの辺にして
向こう側にも回ってみましょう。
 

 
おお!こちらには日本らしいお庭がありました!

奥の松の木は雨情さんが植えたのかな?
1つずつ詳しくご紹介しますね。
 
まずは中央の像。

『童心馬』と彫られた文字の下には
『あの町この町』の歌詞も彫られています。
 
次は右手にある案内板です。
何故雨情さんがこの地(宇都宮)へ来たのか、
また没後旧居がどのように保存されてきたのかが書かれています。
 

案内板
 
あっ松の木のことも書かれてますね。
野口雨情さんが愛された松の木ですって。
やっぱりかぁ、かなりお年を召された木に思えたのよね。でも穏やかでとても愛おしい。
 
最後はこちらの石碑。
 
 

ー詩人 野口雨情 ここに眠るー
そう、ここが
この場所こそが野口雨情さんの終焉の地なのよね。
この文字を目にした瞬間改めてそう実感しました。
あなたに出会えて本当に良かった。
 
お庭はこんな感じかな。
と、振り向くとこんな場所を発見。
 

ここは玄関なのかな?
左上に表札があるからきっとそうですよね。
そっかぁ、野口雨情さんはここから家を出て、ここへ帰ってきていたのね。
そしてここを通ったんだぁ。なんか感動。
 
せっかくなので立って見ましょう!
 

じゃじゃーん!
玄関からの景色です!……。
…うーん、なんか違うな。
 
野口雨情さんがここに住まわれていたのは昭和19年。
羽黒山麓と言われるだけあって当時のこの場所は豊かな自然に溢れ、
その自然を雨情さんは深く愛されていたそうです。
でも、残念ながら今はその面影すらありません。
時が止まっているのはこの敷地の中だけ。
一歩踏み出したその先はすっかり変わり果ててしまったようです。
 
それでも、生前眺めていた景色を私も見たい、野口雨情さんをもっと近くに感じたい。
そんな事を考えながら、その場でじっと考えていると…
ある場所の名前が頭に浮かんだんです。
 
『ー羽黒神社ー』
 
『そうだ!ここへ来る途中で見かけた看板の神社なら、
当時の面影が残っているかもしれない!!』そう思いました。
 
日暮れの時刻まで、時間はまだあります。
ちょっと寄り道をしちゃいましょうか(*^^*)
 
『あの町この町 日が暮れる〜♪』なんて口ずさみながら。
 
〜第6回「あの町この町」その2へつづく〜 
 
2016.12.10 / 2017.1.22 〈写真と文 榊原有菜〉 
 

「あの町この町」歌碑を訪ねて。
野口雨情旧居、終焉の地。宇都宮市。

 
第6回「あの町この町」〜その1〜でご紹介をした
野口雨情さんの旧居の散策を終えて 
その裏に位置する「羽黒神社」の看板前まで戻ってまいりました^^

 
どうやら羽黒神社はこの坂を登った先にあるようですね。
行ってみましょう。

まだまだ先は長そうだ。
よーし!頑張って登るぞー!
 
…と、張り切ったものの以外に近くて
あっという間に入り口の前まできてしまいました(^_^;)あれれ
 

ここからも少し上り坂です。
少し進むと先ほどいた場所とは全く違う景色が広がりました。

なんかこの場所だけ時が止まっているような、そんな不思議な感じがします。
こんな場所もありましたよ。

奥に石段の様なものが見えるけれど、昔はここに何かが建っていたのかしら。
 
そんな感じで周りを見渡しながら歩いていると、左手に鳥居が見えました!

拝殿まであと少しみたいですね(^_^)
ここから登って数分ほど、ようやく着きました!
じじゃーん!

どうです?
懐かしさが残るこの風情のある感じ!
私は感動して1人ではしゃいでしまいました(笑)
 
階段を登っている途中にこんなものも見つけましたよ!

野口雨情さんの詩が彫られています。

やっぱりここは野口雨情さんと関係がある気がするのよね。
旧居の後ろにある神社なのだから、きっと参拝にも来ていたはず。
 
さて、いよいよ鳥居をくぐります。
一礼をして、端を通ります。

 
鳥居の先の景色はこんな感じ。

とても小さな拝殿ですが、神様の気配をしっかりと感じられるような、そんな場所です。
右手にはお年を召したご神木が立っていました。

ね?立派でしょ?
長い間ずっとこの場所を守ってきたんだろうな。
少し寂しそうにも見えました。
 
拝殿の周りの景色はこんな感じです。


バス停沿いの道から少し上がっただけなのに、なんだか違う世界にいるみたいです。
 
ではそろそろ拝殿に戻って手を合わせましょうか。

「この土地にゆかりのある曲を歌わせて下さい」と
この土地の神様にお祈りをする恒例の儀式です(^o^)/
 
十分散策を終えたので、帰ろうかなと振り返ると
ご神木の近くでこんなものを見つけました。

『昭和九年十月七日建之』と彫られています。
 
昭和九年と言えば1934年ですね。
野口雨情さんがここ宇都宮の鶴田町に居を移したのは、
昭和十九年(1944年)の一月だから…やっぱり!
雨情さんがあの旧居で生活をされていた当時にも、
この羽黒神社は存在していたという事になりますね!
もしかしたら景色もあの頃とそんなに変わっていないのかもしれない。
確かめる術がないので、不確かですが
きっと彼はこの場所にいたと、ここの景色を眺めていたんだと私は信じています。
なんだか少しだけ、彼に近づけた気がする。

 
帰りは東の山道を降りました。

参道を振り返った景色も格別です。

 
さーて!いよいよ次は目的である『あの町この町』の歌碑へ向かいます!
いつかまた良い報告を持って、ここへ戻って来られたらいいな(^ ^)
 
 
山道を降りて10分ほど
バス停沿いの道まで戻ってきました。

あっ日が落ち始めて「あの町この町」の
詞の世界観に近づいてきましたね(^ ^)
完全に暮れてしまわないうちに
歌碑のある場所まで急ぎましょう!
 
冒頭でご紹介した旧居と乙女屋という和菓子屋さんを通り過ぎたら、
一つ目の信号まで進んで下さい。
大通りを挟んだ向こうの歩道に歌碑があります。

見えるでしょうか?
横断歩道を渡ってすぐのところに建っています。
 
早く青にならないかなぁ〜。
目の前にあるとソワソワしてしまいます(笑)

 
青になった!急ぎ足で向かいます♪

 
…おぉ〜〜!ようやくご対面です!

あの町この町の歌碑
 

こういうものを見ると、改めて雨情さんのゆかりの地に
来ているんだなあと、しみじみ感じます。
 

ここへ来るまでに
今回はだいぶ寄り道をしてしまいましたが…
なんだかその分辿り着いた時の感動もひとしおです!(T . T)嬉しい!
 
この歌碑は昭和三十三年に建立ということですが、
とても綺麗に管理されているように感じました。
歌碑の裏側には建立に携わった方達の名前が彫られています。

 
歌碑の隣には、野口雨情さんについて書かれた看板が立てられています。

 
この地へ移り住んでから、ちょうど一年後の昭和二十年にお亡くなりになられたんですね。
この中で私が心に残ったのは
 
「詩や歌を愛する人たちに みとられながら この世を去っていきました。」
 
という一文です。
そして、ゆかりを深めるために住居を保存し、
詩歌を愛する人々により歌碑がたてられたのだそうです。
 
何だか、目の奥がじんと温かくなりました。
お亡くなりになるときも、亡くなられた後も彼は愛されていたのだなぁと。
自らが生涯愛してやまなかった詩歌、そして同じくそれらを心から愛した人々に。
「私もそんな人生を歩みたい。」
そう思いました。
 
そんな決意を胸に、今回は歌碑と一緒に
記念撮影をしました。

 
と、そうこうしている間に
だいぶ日が暮れてきました。

今回で6回目になる名曲紀行。
毎回思うのだけど、この活動はなくてはならないものだと思うんです。
何ていうのかな、導かれているではないけれど、
全てがちゃんと繋がっているような、そんな気がするの。
 
第2回でご紹介した木更津市の證城寺
あの場所で野口雨情さんは写真を撮っていた。

そして、時を経て私もあの場所へ行き写真を撮った。

その事を今回この地へ来たことで知ることが出来ました。
 
「故人が歩いた道を辿る。」
 
それはその人が残した作品を歌い継ぐ私たちにとって大切な事なんじゃないのかな。
 
何だか今回は収穫の多いとーっても貴重な旅が出来た気がします!
また次回も頑張るぞー!\(^o^)/
 

朱色のお空が「帰りゃんせ」と歌ってる。
夕べの星が出る前に、今きたこの道を帰りましょうか。
さようなら、宇都宮。
さようなら雨情さん。
 
2016.12.10 / 2017.1.22 〈写真と文 榊原有菜〉 
 

はじめに

 
「かなりやとうばん」では、
日本の歌、童謡や抒情歌を歌い伝えていこうという活動をしています。
歌うだけではなく、私達自身も曲の理解を深める為に、
名曲ゆかりの地を訪ねることにしました(^ ^)
題して「かなりやとうばん名曲紀行」。
歌とうばんの榊原有菜がお届けします。
 

第1回「めだかの学校」

第1回は、神奈川県小田原市荻窪にある
「めだかの学校(親水公園)」をご紹介をしたいと思います。
 
親水公園は、荻窪用水に沿って作られた細長い公園です。
 
まず1番始めに目にはいるのは、可愛い水車小屋です。

小屋の梁には「めだかの学校」のプレートがかかっています(^_^)
 
入り口では「めだかの学校」について書かれた碑がお出迎え。

 
「めだかの学校」の作詞をされた茶木滋さんは、
買い出しの度に長男の義夫くんを連れて、荻窪用水の側道をよく歩いていたそうです。
当時は終戦してまもない昭和21年頃でしたから、
お二人で歩かれていた道を想像してこの場所は作られたのではないでしょうか。
 
園内はこんな感じ。

 

この場所だけ時が戻ったような、そんな思いを抱かせてくれる何処か懐かしい場所で、
川の流れの音が心に安らぎを与えてくれます。
 
荻窪用水もこんなに間近に見られますよ!

 
御水は透き通っていてとても綺麗です。

茶木さんや義夫くんも、ここで水遊びをしたのかな?
 
荻窪用水だけではなく、親水公園内にも小さな池?が見られます。

 
『めだかはいないかな?』そう呟きながら池を覗き込んでいたら、
この曲が作られたきっかけとなる茶木さんと義夫くんの会話を思い出して、
2人の声が聞こえた気がしました。
 
義夫『お父さん見て!あそこにメダカがいるよ!』
茶木『どれどれ?ん?いないじゃないか。義夫の声に驚いて逃げて行ったのかな』
義夫『ちゃんといるよ!いなくなったりしないもん。だってここはめだかの学校だから』
 
そう、ここはめだかの学校。
きっと今は授業中でみんな勉強しているから、休み時間になったら一斉に出て来てくれるよね(^_^)
 
そんなことを考えながら小径を進むと、1番、2番、3番と歌碑が見えてきました。
 
一番の歌碑

 
二番の歌碑

 
三番の歌碑

 
少し間隔を置いて順番に歌碑が建てられているので、
思わず歌を口ずさみながら進んでしまいます♪
 
三番を通り過ぎれば早くも行き止まりです。
 
こちらから、振り返って見る景色も素敵です。
緑の隙間から水車小屋が見えます。

 
最後は水車小屋の中の様子をご紹介します。

 
ここではとっても重要な情報が得られますので、
親水公園に訪ねた折には是非!水車小屋の中もご覧下さいね♪
 
水車小屋では、荻窪用水の歴史を学ぶことができます。
 
それがこちら。

 
当時の荻窪村は地震や噴火の影響で田畑が荒れ果て、
作物がなかなか育たなかったそうです。
そこで、「水さえあれば、この村は豊かになる」と大工仕事が得意だった川口広蔵が
村の為に生活用水をひこうと動き出しました。
約20年にもおよぶ大工事の末、7.2キロメートルの水路を完成させ、
人々の暮らしを潤したのです。
 
これが、現在の荻窪用水なんですよ。

 
童謡「めだかの学校」は荻窪用水が舞台となってつくられました。
この川がなければ、私たちの知る「めだかの学校」は存在していないでしょう。
 
作詞をされた「茶木滋」さん同様、
村の人々の為に20年を費やし荻窪用水を完成させた
「川口広蔵」さんのことも伝え広めていきたいですね。
 
2014.5.29〈写真と文 榊原有菜〉
 

ちょっと寄り道

 
めだかの学校からの帰り道、素敵な喫茶店を見つけました。
 
それがココ!小田原駅前(西口』にある『喫茶 ケルン』です。

 
店内はこんな感じ。

 
レトロで落ち着いた雰囲気のお店です。
昭和40年から営業されているそうで、
店内にはオーナーと親し気に話す常連のお客様もいらっしゃいました。
 
こちらのお店はスパゲティがお勧めだそうですが、
お昼にするにはまだ時間が早かったので、
私は「バナナサンデー」と「アイスティー」を注文しました。
 
バナナサンデーはバナナがごろごろ。

見た目も豪華でボリュームもあって、とっても美味しかったです!
 
アイスティーはとても優しいお味でした。
昔から変わらない味なのかな?

 
静かでとても落ち着く空間です。
一息つきたい時には是非(^-^)/
小田原西口駅前の『喫茶 ケルン』オススメですよ♪

道案内

 
めだかの学校の親水公園は、JR小田原駅西口から歩いて15分くらいです。
歩道が広く歩きやすいですし、道中の景色も良いので、
お天気が良ければ歩いて行かれる事をオススメします♪
 
バスでも行くことができますのでその場合の行き方はこちらです。
 
小田原駅西口より 伊豆箱根バス 市役所行き・税務署前下車 徒歩1分
 
 
それでは、簡単に道案内をいたしますね(^.^)
 
まず、小田原駅西口を出たら左へ進みバス停の通りを抜けます。

 
そのまままっすぐ緩やかな坂道を登って行きます

 
広い道路に出たら、歩道を渡って、右に進みます。

 
途中、こんな変わった外壁の建物がありますよ(^_^)

 
橋の下をくぐりぬけて、ひたすらまっすぐ下り坂を降りてください。

 
歩道の模様がずっと続いています。

 
小田原税務署西という交差点を左へ曲がります。

 
そのまま2分程歩いて行きますと、
小さな水車小屋が見えて来ますので、そちらが親水公園の入り口です。

 
いかがでしたか?
方向音痴な私の案内ではわかりにくいかと思いますが(^^;;
機会がありましたら皆さんも是非!足を運んでみてくださいね♪

お役立ちリンク

小田原市ホームページ めだかの学校
http://www.city.odawara.kanagawa.jp/municipality/c-planning/river/meda.html
 
Wikipedia めだかの学校
http://ja.wikipedia.org/wiki/めだかの学校
 
喫茶ケルン(食べログ)
http://tabelog.com/kanagawa/A1409/A140901/14028241/
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

第2回「証城寺の狸囃子」

名曲紀行、第2回は
千葉県木更津市にある『證誠寺』(しょうじょうじ)をご紹介します。
 
『證誠寺』はその名の通り、童謡『証城寺の狸囃子』の発祥の地です。
この童謡が作られるきっかけとなった『狸囃子の伝説』とはどういうものなのか
歌詞に登場する狸にはどんな狸がいたのか
私は千葉県在中ということもあり、もっともっと深く知りたいと思い訪ねることにしました。
 
実際、自分の目で見た『證誠寺』は、歌を聞いて感じていたイメージ通りの場所でした。
「狸囃子の伝説」に登場する人物になったつもりで、お楽しみください(^_^)
 
證誠寺の境内

 
 
童謡「証城寺の狸囃子」の舞台となった「證誠寺」は、
JR木更津駅から歩いて5分ほどの場所にあります。
 
境内の入り口では、「参拝はご自由にどうぞ」との温かい看板がお出迎え。

 
境内の石だたみを少し歩いていくと、左手に立て看板があります。
 
童謡『証城寺の狸囃子』がつくられるきっかけとなった
『狸囃子の伝説』について書かれています。

 
境内の案内図

 
案内図の下には狸塚の建立のことが書いてあります。

 
境内には美しい緑が生い茂り、心が休まるような庭園が広がります。
その中でも見どころは、萩の花です。
薄く紫がかった鮮やかなピンク色の花が、取材当日もたくさん咲いていました。
 
境内に咲く萩の花(10月7日撮影)

 
そういえば、狸囃子の伝説にでてくる和尚さんが狸達と踊り歌った夜も
萩の花が咲きこぼれるような、そんな秋の夜でした。
この花はいつからこの境内を見守り、何度花を咲かせたのだろう。
もしかしたら、狸達が踊り明かしていた夜も秋風に揺れながら
その様子を楽しそうに眺めていたのかもしれない。
 
そんなことを考えながら、萩の花に顔を近づけると
「証城寺の狸囃子」のメロディーが頭に流れてきました。
 
証 証 証城寺
 
証城寺の萩は 
 
つ つ 月夜に花盛り♪
 
軽快なメロディーが私の心をウキウキさせ、本堂のほうへ誘います。
 
少し進むと左右に庭園の入り口がありました。

 
まずは、「証城寺の狸囃子」の童謡碑と狸塚のある左側の庭園へ向かいます。
 
小さな四脚門をくぐりぬけると、目の前には狸が顔をだしてくれそうな空間が広がりました。

 
左手奥には『証城寺の狸囃子』の童謡碑が見えます。

 
「どんな歌碑なのかな?」近くへ歩いていきました。
 
とても大きな童謡碑です。

 
写真では見えにくいですが、『つ つ 月夜だ 皆んな出て 来い来い来い
おいらの友達ァ ぽんぽこぽんのぽん』1番の途中からの歌詞が書いてあります。

 
「何で途中からなのかな?」とあたりを探していたら、ありました!
 

メロディーと歌い出しの歌詞が彫られた歌碑です。
右下の方に「晋」という文字が見えます。
作曲をされた「中山晋平」さんのサインでしょうか。
 
左隣にはそれを見守るようにたたずむ狸さんがいました。

「狸の後ろには誰かが隠れています。答えは後ほど…。」
 
童謡碑の裏側

 
さて、童謡碑を調べ終えて次に向かおうと振り返ると
あっ狸を見つけました!
皆さんこの写真の何処に狸がいるのかわかりますか?(^ ^)

↑写真中央に立つ太い木の下あたり。ここにも狸さんがいました。
 

 
少し綺麗なお召し物を着て、裕福そうにも見える狸さん。
狸伝説に出てくる狸は皆それぞれ個性的で、色んな狸がいたと聞きます。
もしかしたら、この狸さんもあの夜一緒に踊っていたのかな(^^)もしくは
羽織物が汚れてしまうからと、踊る狸達を眺めていたかもしれない。
色々想像を膨らませると、楽しくなってきますね。
 
左の庭園内には他にもこんな場所がありますよ。
雨宿りはできませんが良いところですね。

 
萩の花も咲いています。(10月7日撮影)

 
一通り散策を終えたら、狸囃子の伝説につながる
とても重要な場所「狸塚」へ。

 
やっとここへ来ました。静かに手を合わせます。

皆さん、この塚にはどんな狸が眠っているのかご存知ですか?
 
狸達とお寺の住職が一緒になって唄い踊っていたあの夜。
どの狸よりも張り切ってお腹を叩く、リーダーの大狸がいました。
両者が時間を忘れて競うように踊った愉快な夜は三日続きます。
四日目の晩、住職がいつもの場所でいくら待っても狸達は現れません。
翌朝、不思議に思った住職が本堂の周りを調べてみると、そこにはリーダーの
大狸が倒れていました。
お腹を叩きすぎたせいか、皮が破れて死んでしまったのです。
それを哀れに思い住職が葬ったのが、この狸塚です。
他の狸達は悲しさのあまり、踊り唄うことをやめてしまったのですね。
 
でもね、このお話には続きがあるそうで
このリーダーには娘の狸がいたんです。「かずさ御前」というその娘は北海道札幌市に
嫁いで、現在は「狸小路商店街」にある「本陣狸大明神社」に祀られているそうです。
命は続いていく。きっと今も、リーダーの血をひく狸がどこかで生きているのかもしれませんね(^.^)
 
そうそう、この狸塚ですが
左側に立つ狸の他に、右側にももう一匹狸がいるんですよ。
木更津には色んな狸がいますが、何ていうかこの狸は特別なんです。
他の狸とは違って生きている感じがするというか、目に命を感じるというか
とにかく不思議な感覚を覚えました。
写真では伝えきれないような気がして撮影はしませんでした。
気になる方は是非、この狸さんに会いに行ってみてくださいね!
 
右側の庭園も少しご紹介。

こちらの庭園は何と言っても緑が深く異空間のようです。
 
休憩する場所もありますよ。

 
新しくこんな場所も整備されていました。(10月7日撮影)

 
最後に證誠寺本堂に向かいます。
この土地に、そして狸達にご挨拶ですね。
 
證誠寺本堂

 
立派な本堂の前に立ち、手を合わせます。
この土地に来させていただいたことに感謝をし、これからも童謡「証城寺の狸囃子」
を歌い継いでいきます。歌わせてくださいとお伝えしました。
 
本堂にもやっぱり狸さん。

 
名残惜しいですが、これで証城寺の狸囃子の旅は終わりです。
静かでどこか懐かしく、伝説がそう遠い話のように感じられないような
すてきな場所でした。皆さんも是非!足を運んでみてくださいね(^^)/
 
本堂から石畳を振り返る

 

今回は、二人旅。

今回取材で訪れたのは私「榊原有菜」だけではありません。
なんと、ピアニストAreareaのYUKIさんが同行してくれました♪
 
證誠寺の庭園を散策中、しばらく童謡碑にくぎづけになっていた時のこと
「さて、次に行こうかな」と周りを見渡すとユキさんの姿がありません。
「あれっどこに行ったのかな?」少し焦りながら近くを探していたら…
見つけました(笑)
 

狸の後ろに隠れていたのはYUKIさんでした。
 
ユキさん曰く、この狸は正面から見るとお目目がくりぬいてあり空洞に見えるので
後ろから覗けるのではないかとまわってみたら、やはり覗けたそう。
「これ、狸の視点なんじゃないのかな?」と満足そうに話すユキさん。
 
私も覗いてみました。
 
狸の像の後ろ側

 
うーん。確かに。ここから見る景色はまた違った感じに映ります
ここで、少しひらめいたことがあります。
先ほどの歌碑のことですが、なぜ目線上に位置する大きな碑に途中からの
歌詞をのせて、足元にある方に歌い出しの歌詞をのせたのか。
普通なら、一番目につく所に始まりを記すのに。
でも、これは私たち人間の視点。狸ならどうでしょう?
きっと足元にある碑の方が先に目につきますよね。
これは完全に私の憶測ですが、なぜか妙に納得してしまいました(^_^;)
ユキさん、大きな発見をありがとうございます♪
 
YUKIさんがいてくれたおかげで気付いたことがたくさんありました。
朝から夕方までの一日取材となりましたが、お付き合いいただいて本当に
ありがとうございました(^.^)
 
木更津駅近く商店街「みまち通り」入口に立つ狸さんと記念写真。
(7月17日撮影)

 

道案内

JR木更津駅の改札を出たら案内に従って西口へ出ます。

 
西口に出ましたらロータリーを左回りに進み向こう側の道に行きます。

 
向こう側の目印は、この「きぬ太」くんです。

 
きぬ太くんの前に来ましたら、そのまま真っ直ぐアーケードの中を進みます。
 
富士見通りアーケード

 
 
5分程歩きますと、アーケードが途切れまちなか狸のある交差点に出ます。
 
まちなか狸

 
まちなか狸の交差点をを左へ曲がります。
左奥に見える建物の壁にも道案内があります。

 
和菓子屋栄太棲のビルの道案内

 
曲がったら黄色い道路をまっすぐ進みます。

 
黄色の道路が途切れると道路が広くなります、そのまま真っ直ぐ進みます。

 
この道をまっすぐ進んで行きますと、

 
やがて、證誠寺の看板が見えて来ます。

あとはこの看板に従って右へ曲がれば、すぐそこが證誠寺です。
 
證誠寺への道

 
いかがでしたでしょうか?(^_^)
駅からは歩いて10分程ですし行き方も西口を出て真っ直ぐ進み
一度だけ左折をしてまた真っ直ぐ歩くだけなので、とってもわかりやすいと思います。
皆様も是非、證誠寺の狸達に会いに行ってくださいね(^.^)
 

編集後記

今回は木更津へ二度取材に行きました。
(7月17日と10月7日です)
 
一度目の取材が終わった後、その時はもうこれで十分でしょう!と満足するのですが、
いざ書き始めると足りないところがボロボロでてくるんですよね(ー ー;)
実は名曲紀行第1回目の小田原めだかの学校親水公園にも、二度取材に行ったんです(笑)
 
これは、必然的に第3回も同じことになりそうな予感…(笑)
 
でも、二度取材に行くことで一度目には気づかなかった新しい発見ができるんです。
何より二度行くことでその土地に親近感がわき
『この素晴らしい場所をもっと皆さんに知って欲しい、伝えたい。』
そんな想いで書くことができます。
その発見が紀行文をより良い方向へ導いてくれるのなら、私は二度でも三度でも取材に向かう覚悟です(笑)
 
そして!今回の名曲紀行「証城寺の狸囃子」はこれで終わりではないんです(°_°)!
実は!続編がございます!
 
ご存知の方もいらっしゃると思いますが、木更津の町にはたくさんの狸の像があるんですよ♪
今回、駅周辺の狸や港沿いの狸の写真をたくさん撮ってきたので
木更津にある美味しい喫茶店と合わせて近々ご紹介したいと思います♪
 
最後まで読んでいただいてありがとうございました(^_^)
 
第2回名曲紀行『証城寺の狸囃子』続編もお楽しみに♪

お役立ちリンク

護念山 證誠寺
http://www.shojoji.net
 
Wikipedia 証城寺の狸囃子
http://ja.wikipedia.org/wiki/証城寺の狸囃子
 

 
 
 
 
 
 

「証城寺の狸囃子」続編「木更津で出会える狸達」

 
童謡「証城寺の狸囃子」の発祥の地である木更津の町には
愛らしい狸の像がたくさんありました。
皆さんは、どんな狸がいて、どれくらいの狸と出会えるのかご存知ですか?(^^)
ここでは、木更津の旅で出会ったかわいい狸達をご紹介しようと思います。
 
千葉県木更津市公式ホームページでダウンロードができる
「ぶらり木更津まち歩きマップ」を頼りに歩きました。
 

みまち通りとその周辺にいる狸達

まずは、木更津駅西口から歩いて三分ほどの所にある「みまち通り」とその周辺にいる
狸達のご紹介です。
 
☆みまち通り手前の狸達
 
カメラたぬき

名前の由来はちょっとわかりませんね
 
あさりたぬき

ほっぺがふっくらで、愛嬌があり個人的に一番好きなたぬきです。
 
お富たぬき

 
☆みまち通りの狸達
 
入口でお出迎えをしてくれる二体のたぬき。
 
開運たぬき(左)

開運の絵馬を持ってます。
 
Areareaのユキさんと記念撮影をした狸です(^^)

 
招福たぬき(右)

もうお気づきだと思いますがそれぞれ名前がついているんですよ。
名前の由来がわかるものもあれば、少しわかりづらいものもありますね。
 
バーバーたぬき

バーバータブチという理容室のお店の前にいます。お店の名前をとったんですね。
ちゃんとハサミとクシを持っていますよ♪
 
庄助たぬき

 
与三郎たぬき

 
オジーたぬき

TVドラマ「木更津キャッツアイ」のキャラクターオジーがモデルです。
 
地蔵たぬき?

マップを確認すると「地蔵たぬき」の位置に立っていますが、お地蔵さんには見えないですよね。
マップに載っていても見つからない狸もいたので、もしかしたらこのたぬきは名前が違うかもしれません…。
 
すいつきたぬき

頭にタコがすいついています。
 
カラオケたぬき

 
おたぬき本尊

 
☆みまち通り横道の狸達
 
おいでやすたぬき

 
千両たぬき

 
以上「みまち通り」とその周辺で出会える狸のご紹介でした。
 

次は木更津駅前と富士見通りの狸達

 
まずは、木更津駅西口を出て正面に見える三体の狸達をご紹介します。
特に名前はありませんが、三体とも可愛らしいですね。

 
次に、ロータリーの向こう側にいる狸。
 
逆さ狸のきぬ太くんです。

 
舌を出しておちゃめな顔をしていますね(^^)

 
きぬ太くんが逆立ちをしている石柱には、童謡「証城寺の狸囃子」の歌詞が書いてあります。
実は、きぬ太くんは「狸囃子の伝説」にも出てくるんですよ。
狸達と住職が踊り明かしていた夜に、逆立ちをして踊っていたのがこのきぬ太くんだそうです。
 
そのことについて書かれた碑もあります。

 

「時には逆さになって見てみよう。今まで見えなかったものが見えてくるはず」良い言葉ですね。
行き詰ったとき時に思い出したいきぬ太くんからのメッセージです。
 
こんなところにも狸
 
きぬ太くんの近くにあるマンホールにもたぬき。
「証城寺の狸囃子」の歌い出しの歌詞が書かれています

 
きぬ太くんの場所からまっすぐ富士見通りを歩いていきますと、変わった狸と出会えます。
三匹の親子狸です。ロータリーにいたたぬきと似ていますね。

一見たぬきだとわからないくらいメタボ体型で、ホイップクリームをしぼったような形のたぬきさん。
だいぶ劣化していて見えにくいですが、奥に立つ木の看板には「証城寺の狸囃子」の歌詞や曲について書かれていますよ。
 

ちょっと足をのばして木更津港内港の周辺にいる狸達

まずは、木更津港内港の周辺にいる狸達をご紹介します。
木更津港内港は富士見通りをまっすぐ20分ほど歩いた所にあります。
 
とにかくまっすぐ

 
まーっすぐ歩いていきますと、内港が見えてきました。

交差点を渡ってすぐの所にいる狸がこちらです。
 
海のたぬき像

 
一体一体の可愛いお顔もお見せします(^^)

 

 

三匹とも楽器を奏でていますね。なんだか「かなりやとうばん」みたいで
お気に入りの狸です♪
 
そのまた先にいる狸がこちら。
 
あさりのぽこちゃん

木更津はあさりがたくさんとれて質も良いと評判らしいです。
 
ここから少し歩くと、海産物のお土産屋さんが見えてきます。
 
ここにも狸。

 
ここにも

 
こっちにも狸。

本当にたくさんいるんですね。
 

これは…猫ですね(笑)
 
さて、ここでやっと本日出会った最後の狸のご紹介です。
恋をしている女性にはうれしい狸ではないでしょうか。
 
中の島大橋。橋は渡らずに駐車場の方へ行きます。

 
恋人の聖地に選定されている、木更津のシンボル「中の島大橋」近くにいるたぬきのカップル像です。それがこちら!

可愛らしいですね。
 
木更津は「狸の町」だけではなく「恋の町」としても知られているそうです。

 
いかがでしたか?木更津で出会った、可愛い狸達のご紹介でした。
ここでご紹介できた狸はまだまだ一部だと思います。町の中にはもっとたくさんの
狸がいるでしょうね。
たぬきを探して木更津の町を歩いてみるのも楽しいかもしれません(^^)
皆さんも是非、狸達に会いに木更津へ「皆でてこいこいこい♪」
 

ちょっと寄り道

 
かなりやとうばんの中で一番甘いもの好きな榊原有菜が
今回も木更津にあるすてきな喫茶店をご紹介します(*^_^*)
 
木更津駅の東口をでてすぐ、ロータリーの中にある喫茶店「ラビン」です。

 
大きなパチンコ屋さんの二階にあります。

 
お店に入る階段はこんな感じ。

レンガ調でレトロな雰囲気です。
 
思っていた通り、店内もとても素敵でした。

 
茶色を基調に深緑のソファーやワインレッドのカーペットなど、落ち着いた内観。

 
テーブルと椅子の柄もすてきです。

 
お店のロゴもいいですね。

 
こちらでは、スパゲティとデザートを注文しました。
 
和風に味付けされたスパゲティ。サラダがついています。
とてもおいしかったです♪

 
私の大好きな甘いデザートは二つ注文をして、一緒に取材に来ていた
Areareaのユキさんと半分ずついただきました(*^。^*)
 
チョコレートバナナクレープ。

お皿からはみ出るほどの大迫力でした!
バナナ好きにはたまりません♪
 
スイートポテトアップルパイ。名前に惹かれて注文。

 
おいもとりんごの甘さがギュッとつまっていて本当に美味しかったです。
どちらも期待を裏切らない食べ応えのあるデザートでした♪
 
落ち着いた空間に癒されて、お腹も喜ぶ喫茶「ラビン」
木更津に足を運ぶ機会がありましたら、是非是非立ち寄ってみてくださいね(^O^)♪
 

お役立ちリンク

千葉県木更津市公式ホームページ
「ぶらり木更津まち歩き」のマップのpdfがダウンロードできます
http://www.city.kisarazu.lg.jp/14,751,40,267.html
 
喫茶ラビン 食べログ
http://tabelog.com/chiba/A1206/A120602/12019359/
 

 
 
 

「通りゃんせ」の発祥地、三芳野神社を訪ねて。

 
埼玉県川越市郭町にある「三芳神社」に行ってきました。
こちらは、童歌「通りゃんせ」の発祥地の地です。
少し不気味な感じを覚えるこの曲は、子供の頃に誰もが耳にしたことのある童歌だと思います。
 
謎の多いこの曲に少しでも近づきたいと、やって参りました三芳野神社です。

三芳野神社参道
 
伊勢物語の詠の舞台となった「三芳野」はここ川越になります。
川越の旧地名が「三芳野」ということで、参道入口には在原業平の歌碑があります。

「我が方に よると鳴くなる三芳野の 田面の雁を いつか わすれむ」と彫られています。
 
奥には小さく社殿が見えますね。

早速進んでみましょう。
 
途中でこんなものを見つけました。

童歌「通りゃんせ」について書かれています。
 
簡単にまとめると、昔この三芳野神社は川越城の鎮守として城内に建てられていました。
その為、一般の参拝は決められた日以外は認められていなかったそうです。
社殿までの参道も長く、いくつかの門を潜り抜けた後、富士見櫓を左手にまた門をくぐり
最後に東へ向かう小道を進んでやっと参拝ができたそうです。
さらに、密偵を防ぐために帰りの参拝客は厳しく調べられたとか。
 
このことから「行きはよいよい、帰りはこわい」という歌詞が生まれたのですね。
 
実は、ここに書かれている富士見櫓は現在も「櫓跡」として残っているんですよ。
後ほど改めてご紹介しますね。
 
さて、先へ進みましょう。ようやく社殿が近づいて来ました。

鳥居を潜り抜けたら
 

到着です。
 
 
 
なんて言うか、鳥居をくぐり抜けた瞬間少し空気が重たく感じたんですよね。
あの曲の先入観があるからでしょうか。
「ここでは、ちゃんとしないと」
無意識にそう自分に言い聞かせていました。
 
外からではわかりませんが、本殿の内装の様子はこちらで確認が出来ますよ。
三芳神社についても詳しく書かれています。

案内板
 
そういえばこんなものもみつけました。

文字が消えかかってほとんど見えませんが「天」の後にうっすら「神」という字が見えますね。
歌詞の中に出てくるあの「天神様」のことでしょうかね?
因みに、お城の天神様というのは菅原道真(すがわら の みちざね)のことだそうで
ここでは学問の神様と言われています。
 
さて、今回も「通りゃんせをかなりやとうばんで歌わせてください」と
しっかりご挨拶してきましたよ。
 
敷地内は広々としているので、少し歩いてみましょう。
すると、興味深いものを発見です!

2つの碑と七不思議についての案内板
 
一つ一つアップでどうぞ。

 

 

 
この地には古くから七不思議が存在するようですね。
しかも、どれもゾッとするようなものばかり…。
気になる方は写真を拡大して読んでみてくださいね(^ ^)
 
あとは特に目立つものなどはありませんでしたが、個人的に心惹かれたものをご紹介します。
社殿の斜め前に立っているこの大きな木。

 
どうですか?このど迫力。凄いでしょう?

 
実は社殿の裏にも大きな杉の木が立っているんですよ。
その杉の木は、先程ご紹介した川越の七不思議「初雁の杉」に登場する杉の木です。
今は三代目だそうで、近くには初雁の杉の碑が立っています。
やはり七不思議は実在していたんですね。この木と共に伝説は今も受け継がれているようです。
今回は写真は控えさせていただきましたので
気になる方は是非ご自分の目で確かめてみてくださいね(^ ^)
 
しかし、木がこれだけ大きいということは、つまり昔からここに立っていたということですよね。
川越城がなくなり、参道も三芳野神社周辺もずいぶん変わってしまいました。
でも、このあたりの木々だけは
少しずつ幹を太く大きくしながらずっとこの地を見守り続けている。
きっと歌が生まれた当時のことも、よくご存知なんでしょうね。
ここで生きる木々達とお話ができたらいいのにと切に思いました。
 
それでは、参拝も散策も終えたのでそろそろ帰ります。
この場所は、昔からたくさんの人が行き交いたくさんの思いが留まっている。
だから、この地もここで生まれた歌も未来へ残していかなければいけないと
そう言われたような気がしました。
 

帰り道
 
「通りゃんせ」発祥の地「三芳野神社」
川越へ来た際には、是非足を運んでみてくださいね!

道案内

今回は川越駅からバスで行きました。
川越駅東口にあるバスロータリーへ向かって、③番乗り場の『小江戸名所巡りバス』に乗ってください。

階段前
 

③番乗り場
 
バスで10分程の停留所『博物館前』で降ります。

 
道路を左に横断歩道まで歩いて下さい。

 
歩道を渡ります。

 
もう一度渡って左側の歩道へうつります。

 
それから、真っ直ぐ駐車場へ歩いて下さい。

 
駐車場を抜けますと三芳野神社入り口です。

 
この行き方は近道の行き方で、参道の入り口ではありません。
歌に出てくる参道を歩きたい方は、最初の横断歩道を渡って真っ直ぐに進んで下さいね(^ ^)

お役立ちリンク

 
三芳神社 川越の観光・お出かけ情報カワゴエール
http://www.kawagoe-yell.com/sightseeing/miyosinojinja/

 

 
 
 
 
 
 
 

隅田川『花』の碑を訪ねて

 
東京都墨田区の隅田公園内にある『花』の歌碑を訪ねてきました。
お花見シーズンの園内は優美な桜で包まれていましたよ!(^ ^)
 

2015年4月初旬頃撮影
 
ではまず、隅田公園への行き方をご案内します。
都営浅草線B5出口を出て左へ道なりに進んで行きますとすぐそこが隅田公園入り口です。

 
園内に入ったら隅田川を右手にして

 
この道を真っ直ぐ進んで下さい。

 
クリーム色の鉄橋を潜りますと案内所が見えてきます。

 
こちらが案内所です。

 
案内所では隅田公園内の地図がもらえます。
童謡『花』の歌碑の場所もしっかり載っていますよ!

 
さて、案内所を通り過ぎてそのまま真っ直ぐに進みますと、次は緑色の橋(言問橋)が見えてきます。

 
この橋の下を潜り抜けたら、川沿いの道には行かず広い道を進んで下さい。

 
しばらくすると野球場が見えてきます。

 
野球場を右手に少し歩いていけば左手に「花」の碑があります。

 
ようやく着きました!
発祥地に到着したら必ずすることがあります。歌碑に向かって手を合わせるんです。
「この土地の歌を歌わせて下さい」と。
 
花の碑

3番までしっかり歌詞が彫られてますよ。
 
花の碑について

『花』という作品がどのようにして作られたのか、また、作曲をした滝廉太郎や作詞をした武島羽衣について書かれています。
 
この場所はお花見の名所からは少し外れているので、桜の時期も人通りが少なく
歌碑の場所を知らない方が多かったので非常に残念でした。
でも静かな場所でひっそりと佇む歌碑がこの場所を優しく見守っているように感じとれました。
隅田川の方を向いて建てられているので、流れ行く時代の中で変わらないのどかな春の風景を
今は亡き滝廉太郎や武島羽衣が眺めているように思えたんです。
 
歌碑の場所から見た景色です。

ね、綺麗でしょう?(2015年撮影)
 
隅田公園入り口あたりから眺める隅田川はこんな感じ。

(2015年撮影)
 
遠くに見える桜木がとても美しいですね。
櫂で船を漕ぐ船人は見当たりませんが、船でお花見を楽しんでいる方はいましたね。
穏やかな川の流れに、薄桃色の桜の花々。
なるほど、確かにこの眺めをどのようにたとえるべきなのか?
言葉には表せない程の美しさがあります。
 
お花見の季節以外でも、時間がゆったりと流れる隅田公園はとても良い場所ですよ(^ ^)
浅草へ観光の際は、是非!花の碑がある公園の方にも足を運んでみてくださいね♪
 
(道案内の写真は一部2016年に改めて撮影したものです。)
 

ちょっと寄り道

 
今回の寄り道は、隅田公園案内所を過ぎたあたりに見える『Café WE』というお店!\( ˆoˆ )/

隅田川沿いに建てられているカフェです。隣にはタリーズコーヒーがありますよ♪

 
こちらのお店はホットサンドが一押しのようなので『バジルチキン』と烏龍茶を注文♪
今回の寄り道は珍しくスウィーツなしです(笑)
じゃじゃーん!焼きたてアツアツのホットサンドです!青のりたっぷりのポテチもついてますよー♪

バジルの香りがほんのり効いた優しい味のホットサンドでした♡
厚さもちょうど良くて食べやすかったです♪
ただ食べ終わった後、口周りと手が青のりとバジルだらけになりました!(笑)
こちらを注文する際はウエットティッシュを持参するといいかもしれません(^ー^)
 
店内はこんな感じ。

 

ポップでファンキーな絵がたくさん飾られています。
 
この日は若干の雨模様であまり良い写真は撮れませんでしたが
お店から隅田川とスカイツリーが見られるのでお天気の良い日はきっと眺めも最高ですよ!

 
お店は朝9時~夜21時まで営業ですって。
隅田公園を訪れた際や、『花』の歌碑を訪ねた帰りなどにちょこっと一息いかがでしょうか?
ここでしか見られない景色と美味しいホットサンドが食べられるおすすめのcaféです♪
因みに甘いものはソフトクリームなどがあるそうですよ!
食べたかったけれど諸事情により今日は我慢しました(笑)
つぎの寄り道編もお楽しみに~♪

Café WE
 

お役立ちリンク

 
東京の観光公式サイト GO TOKYO(隅田公園桜まつり)
http://www.gotokyo.org/jp/kanko/sumida/event/sumidasakuramatsuri.html
 
Cafe W.E ウエブサイト
http://cafe-we.com
 

 
 
 
 
 
 

「月の沙漠」の発祥地 御宿海岸

 
どうも!こんにちは!(*^^*)
かなりやとうばんの榊原有菜です!
 
名曲紀行第五回目は、童謡『月の沙漠』の発祥地である、
千葉県夷隅郡の御宿海岸(御宿中央海岸)をご紹介します!
 
『月の沙漠記念像』が立てられている御宿海岸のすぐ側には、
作詞をされた加藤まさをや作品についての資料がおかれている、
月の沙漠記念館があります。

 
勿論!月の沙漠記念館も見て回りましたが、
館内は写真撮影が出来なかったので、
ご興味のある方は是非こちらにも足を運んでみて下さいね(*^^*)
 
早速ですが海岸の方へ行ってみましょう!

 
横断歩道の向こうにある階段をのぼったら、
どんな景色が広がっているのだろうと楽しみで、
登りきるまでは下を向いていました(笑)
 
 
着いた!
前を向くぞーっと広がった景色はこんな感じ!ばばーん!\( ˆoˆ )/キラキラ

 
どうですか?素晴らしい景色でしょう?
沙漠の様な美しい砂浜の向こうには青い海が広がっています。
小さいですが、ここからでも月の沙漠記念像が見えますね。
もっと近づいてみましょう。
長ーい橋を渡ります(^ ^)
 
階段を降りるとそこは別世界。
小麦色の砂浜が一面に広がっています。

 
砂がね本当に細かいんですよ。
歩くと靴の中に入ってしまうくらいさらさらです。
因みに私は靴を脱いで裸足で歩きました(笑)
砂が柔らかいので気持ちがいいですが、
海の近くの方は細かい貝殻がたくさんあるので気をつけて下さいね(^ ^)

 
ところで皆さん、月の沙漠の『沙漠』はどうして『砂漠』ではなく
『沙漠』と表記されているのかご存知ですか?(*^^*)
 
これは、
漢字の字形に込められた意味が関係しているようです。
『沙』の方が古くからあった字で、
『砂』は後世に作られた字ですが、
『沙』も『砂』もどちらも『すな』と読み、
大まかな意味や使われ方は同じです。
 
 
ですが、
『沙』という字は
『水』と『少』という漢字を組み合わせて作られたもの(会意)で、
保水力がないという意味を持ちます。
 
 
また、
『少』という字は細かいものを集めた様子を字にしたもの(象形字)で、
『砂』よりも粒子の細かいものを『沙』と表記されることがあるそうです。
 
実際に、作詞をされた加藤まさをさんも
「サバクのサを<砂>でなく、<沙>にしたのは、サバクは水が少ないので、
この字がとっても気に入って使ったんですヨ」
(長田暁二著『母と子のうた100選』時事通信社)。
と言葉を残しています(^ ^)<ウェッブ『池田小百合なっとく童謡・唱歌』による>
 
豆知識はこの辺にして、
そろそろ物語の主人公である王子様とお姫様に会いに行きましょう♪
 
じゃじゃん!
こちらが月の沙漠をはるばると越えていく
駱駝に乗った王子様とお姫様です!

 
あぁ素敵。溜息がもれます。
もっと近づいてみましょう♪
お召し物のしわや装飾品など、
細かいところまでしっかりと彫られていますよ。
 

王子様
 

お姫様
 

装飾
 
三番の歌詞に出てくる『おそろいの白い上着』はどうやら着ていないようですね。
この歌のファンとしてはここを再現して欲しかったなぁなんて(笑)そんなことを考えながら
王子様の目線の先へ目をやると、三日月型の像を見つけました!

月の沙漠の歌碑です。
三日月型なのがいいですね(^-^)
 
『月の沙漠』と言えども、その月の形がいったいどういったものなのかは
歌詞を見ただけではわかりません。
作詞をされた加藤まさをさんは小学生の頃とても病弱で、
外に遊びに行けない日が多かったそうです。
その代わりに、出かけられない時間は絵を描くことに夢中になったそうで
そういう生い立ちからなのかとても絵心のある方なんですよ。
 
実際に、大正時代に出版された詩画集では挿絵も描かれており、
『月の沙漠』の挿絵には駱駝に乗って沙漠を越えていく王子様とお姫様
その左上には黄色の三日月型の朧月が描かれています。
てすから、加藤まさをさんのイメージでは、三日月なのかもしれませんね(^^)
 
歌碑のアップです。

「月の沙漠を はるばると
旅の駱駝が ゆきました まさを」
と彫られています。
 
裏側には「月の沙漠記念像譜」が彫られています。

 
この月の沙漠の歌碑はね、角度と距離を調整して撮影すると
奥の王子様とお姫様が三日月の上を進んでいるように見えるんですよ!
 

 
ね?なかなか素敵な写真でしょう?(^O^)
一国の王とお姫様が、お付きの者をつけず果てしなく続く広い沙漠を越えていく。
それはまるで人生そのものを表しているようにも感じます。
 
4番の歌詞に「広い沙漠をひとすじに 2人はどこへ行くのでしょう」
というフレーズがありますが、おそらく当の本人達もわからないのではないでしょうか。
越えた先に何が待っているのか、また何処へ向かっているのか?
わからないけれど愛する人と共に歩んでいく。
とても深く、そして温かい歌詞だと私は感じました。
きっとこの御宿海岸にたゆたう青い海の様に
広く深い心を歌った曲なのでしょうね。
 
『月の沙漠』の発祥地、御宿海岸。
まるで沙漠の様な小麦色の砂丘と広い空。
童謡の世界を身体全体に感じ取れる様なとても素晴らしい場所です。
是非一度足を運んでみて下さいね!(*^_^*)
月の沙漠記念館も必見です!
 
2016.5.4 / 5.15 〈写真と文 榊原有菜〉
 

(この写真は2012年に撮影)
 
【編集後記】
何と今回は二回の取材でまとまりました!成長!笑
今までの名曲紀行では、使いたい写真の撮り忘れなどで、現地に三回以上は行っていたんですよ(^^;;
 
取材は、5月4日(水)の養老渓谷音楽祭の後に、かなりやとうばんのみんなで行きました。

かなりやとうばん 月の沙漠記念像前
 
せっかくだから、月の沙漠記念館も見てまわろうと、到着したのは閉館ギリギリの17時前。
音楽祭の後に『そちらへ着くのが閉館時間ギリギリなんですが、
童謡を歌っているので勉強の為に館内を見させていただけませんか? 』
とお願いしたら、快く承諾していただきました。
月の沙漠記念館の皆様、本当にありがとうございました!
 
その祭に、館長さんにご挨拶としてかなりやとうばんのCDをお渡ししたのですが、
うっかりCDの入ったケースを丸ごと館内に置いてきてしまい…(^_^;)
その翌週に、忘れ物を取りに伺うついでに二回目の取材を行いました。
 
(プライベートですが、初めて訪れたのは2012年の時です。)
この地で出会った皆さんのおかげで、こうしてブログを書くことが出来ます。
この作品との出会いや繋がりに心から感謝をしています。
最後まで読んでいただきありがとうございました(*^^*)

道案内

 
こんにちは!
今回も最寄駅の「御宿駅」から
月の沙漠記念像のある「御宿中央海岸」まで
歌とうばんの榊原有菜がご案内致します(*^^*)
 

御宿駅(駅に向かって右手の方には観光案内所があります。)
 
ざっくり説明すると、マーカーでひいた通りに
駅の正面の道を7分程真っ直ぐ歩いて、
広い十字路を右に曲がると海岸が見えます。
 

御宿駅周辺の地図
 
では、実際に歩いてみましょう♪
まずは駅正面にある横断歩道を渡ってそのまま真っ直ぐ進んで下さい(^ ^)
 

駅正面の道
 
歩道の電灯には月の沙漠のオブジェがありますよ!
是非チェックしてみてくださいね♪
 

月の沙漠のオブジェ
 
駅の近くの歩道は綺麗に整備されていて、とっても歩きやすいです(^-^)
 

歩道
 
しばらく歩いて行くと、石だたみの道が途切れて横断歩道が見えます。
ここを渡って向こうの道をまた真っ直ぐに進んで下さい。
 

横断歩道
 
横断歩道を渡った先の道です。右奥の大きな建物が目印ですね。

 
建物が近くなってきました。このまま真っ直ぐに進みます。
 

途中の道
 
大きな建物を過ぎたあたりで道の感じが少し変わりました。
もうすぐです。
 

 
しばらく歩くと、広い十字路にでます。
横断歩道の向こうの道に
「月の沙漠記念館」と「月の沙漠記念像」と書かれた看板がありますね。
 

十字路
 

看板
 
横断歩道を渡って、この看板の案内の通りに右へ曲がると、
すぐそこに「月の沙漠記念館」の建物が見えます。
 

月の沙漠記念館
 
お疲れ様でした!あとはこの道を海岸まで歩くだけです!\( ˆoˆ )/

 
どうでしたか?海岸までの道にはお食事処もたくさんありますし、
天気が良ければ気分良くお散歩ができると思います!
月の沙漠記念館に御宿海岸、是非是非足を運んでみてくださいねー!✨

御宿中央海岸

お役立ちリンク

 
御宿町 月の沙漠記念館
http://www.town.onjuku.chiba.jp/sub4/3/tsukinosabaku_kinenkan_01.html
 
御宿町観光協会 公式ホームページ
http://onjuku-kankou.com/look/
 

 
 
 
 
 
 

「あの町この町」歌碑を訪ねて。
野口雨情旧居、終焉の地。宇都宮市。

 
どうも!こんにちは!
かなりやとうばんの榊原有菜です!
第5回からだいぶ更新が遅れましたが…
 
第6回目となる今回は、童謡『あの町この町』ゆかりの地
栃木県宇都宮市 にやってまいりました!\(^o^)/

初めまして宇都宮!
千葉県から遥々電車で来ましたよ〜♫
 
因みに『あの町この町』は、かなりやとうばんの2ndアルバムのタイトル曲になっています!
こちらもどうぞチェックしてみてくださいね♫

 
さて、本題に戻りまして
早速『あの町この町』の歌碑のある場所へ行ってみましょうか( ˆoˆ )
と、その前に、歌碑の近くには、この曲の作詞をした野口雨情の旧居があるので、
せっかくなのでそちらへ寄ってみましょう!
 
今回は駅から少し離れているので、バスで向かいたいと思います。
改札を出たら正面上の案内板に従って西口へ進んでください。

 
西口を出ましたら、10番乗り場へ進んで下さい。


バス停
 
バスの系統は『43 新鹿沼 長坂 経由』または『砥上団地』になります。 
 

バス乗り場案内
 
あとはバスに乗って20分程の場所にある『羽黒下』というバス停で降りるだけです。
 
いざ!しゅっぱ〜つ!

 
 
……バスで揺られることおよそ20分……
ようやく発祥の地に来れました!歌碑と野口雨情の旧居がある場所『羽黒下』です!
 

羽黒下バス停
 
実は、歌碑や旧居の場所は、このバス亭からすぐなんです。
バスから降りたら左の方向へ真っ直ぐ進みましょう(^ ^)
 

歩道
 
バス停から1分ほど歩いた所に興味深い看板を見つけました。
 

羽黒神社看板
 
『羽黒神社』ですって。
なるほど、この先には神社があるんですね。
ここはね、元は羽黒山麓といって自然に囲まれた場所だったそうで、
作詞をされた野口雨情さんもその自然を大変愛されていたんだそうです。
残念ながら今はその面影はほとんど残っていませんが…。
神様のいる場所を無闇に移動することはできないでしょうから、
きっとその当時から八百万の神様が祀られているのでしょうね。
 
歌碑はここから1分ほどの場所です。
少し歩くと、目印の和菓子屋さんが見えて来ました。
 

 
その隣には古い民家がありますね。
もしかしてあれが野口雨情さんの旧居かな? 
 
敷地内へ入ると看板を見つけました!

『雨情旧居』
おお!やっぱり!
近づいてみましょう!
 

野口雨情旧居
 
わぁ〜。雨情さんはこの家で晩年を過ごされていたのね。
お近付きになれて何だか感動しちゃいました(T . T)
 
中へ入ることは出来ないのでガラス越しに覗いてみると、、
なんと!雨情さんの写真があります!
 


 
中にはこんな写真まで!

名曲紀行第二回でご紹介した『証城寺の狸囃子』の発祥地
證誠寺の敷地内にある狸塚で撮影された写真です!
 
実は…私はこの塚の写真は撮ってないんですよね(^_^;)
狸さんのお墓と言えどもお墓はお墓ですからね。撮っちゃいけない気がしたんです。
こんな事なら撮っておけばよかったなぁ。。
 
とまぁ、旧居内のご紹介はこの辺にして
向こう側にも回ってみましょう。
 

 
おお!こちらには日本らしいお庭がありました!

奥の松の木は雨情さんが植えたのかな?
1つずつ詳しくご紹介しますね。
 
まずは中央の像。

『童心馬』と彫られた文字の下には
『あの町この町』の歌詞も彫られています。
 
次は右手にある案内板です。
何故雨情さんがこの地(宇都宮)へ来たのか、
また没後旧居がどのように保存されてきたのかが書かれています。
 

案内板
 
あっ松の木のことも書かれてますね。
野口雨情さんが愛された松の木ですって。
やっぱりかぁ、かなりお年を召された木に思えたのよね。でも穏やかでとても愛おしい。
 
最後はこちらの石碑。
 
 
ー詩人 野口雨情 ここに眠るー
そう、ここが
この場所こそが野口雨情さんの終焉の地なのよね。
この文字を目にした瞬間改めてそう実感しました。
あなたに出会えて本当に良かった。
 
お庭はこんな感じかな。
と、振り向くとこんな場所を発見。
 

ここは玄関なのかな?
左上に表札があるからきっとそうですよね。
そっかぁ、野口雨情さんはここから家を出て、ここへ帰ってきていたのね。
そしてここを通ったんだぁ。なんか感動。
 
せっかくなので立って見ましょう!
 

じゃじゃーん!
玄関からの景色です!……。
…うーん、なんか違うな。
 
野口雨情さんがここに住まわれていたのは昭和19年。
羽黒山麓と言われるだけあって当時のこの場所は豊かな自然に溢れ、
その自然を雨情さんは深く愛されていたそうです。
でも、残念ながら今はその面影すらありません。
時が止まっているのはこの敷地の中だけ。
一歩踏み出したその先はすっかり変わり果ててしまったようです。
 
それでも、生前眺めていた景色を私も見たい、野口雨情さんをもっと近くに感じたい。
そんな事を考えながら、その場でじっと考えていると…
ある場所の名前が頭に浮かんだんです。
 
『ー羽黒神社ー』
 
『そうだ!ここへ来る途中で見かけた看板の神社なら、
当時の面影が残っているかもしれない!!』そう思いました。
 
日暮れの時刻まで、時間はまだあります。
ちょっと寄り道をしちゃいましょうか(*^^*)
 
『あの町この町 日が暮れる〜♪』なんて口ずさみながら。
 
〜第6回「あの町この町」その2へつづく〜 
 
2016.12.10 / 2017.1.22 〈写真と文 榊原有菜〉